日光湯元キャンプ場
電話口の声は続いた。---台風で道なき道になっている。菅沼からなら道も整備されているのでともかく、湯元~湯元のコースは難しい。万が一戻ってこなかった場合は警察に届けなければならない。---
要するにここの宿のオッチャンが言いたいことは、単独登山者の宿泊は歓迎しない、ということだった。
去年の夏のことであった。
わたしは一人で日光の白根山に登る計画を立てていた。湯元温泉からのピストンだとコースタイムが長いので前泊が必要と考えていた。一人で泊まれる宿が見つかり電話をしてみたらこの始末であった。
その年は、とうとう白根山を登ることはなかった。
日光白根山の旅
わたしはビジネスホテル以外の宿には泊まらない。
こちらの期待とヤツらの魂胆は恐ろしく真逆であるからである。
テント泊をしたいと思うようになったのは去年の白根山計画が崩れたときからであった。
テントを担いでキャンプ場で前泊し、翌早朝、ひとり山へ向う。なんと素晴らしいことだろう。
キャンプ計画は冬の間に着々と進められた。テント泊に必要な登山道具を調べ、休日になるとアウトドアショップへ足を運んだりもした。
今年のゴールデンウィークには九重山で初キャンプ、尾瀬、赤城山と経験を積んだ。
今年の夏は雨の日が多い異常気象であった。5年置きにやってくると言われる冷夏の年にもあたる。
そんな夏が駆け足で過ぎて去った。
何かが物足りない。白根山に登ってないことが心の中でわだかまりとなっていた。
10月の初め、雨を降らすことにうんざりしたかのように秋らしい空になってきた。
白根山に登る日が来たのだ。
他に雲取山、谷川岳、女峰山などの候補があったが、白根山は最も登りたかった。
計画とはそういうものだ。
テント設営後、湯の湖を散策しに行った。男体山が見える。
奥日光の気温は10度を少し上回っていた。
観光地をゆったり歩くのもいいかもしれない。
ラーメンかうどんが食べたくなってきた。レストハウスがあったが観光地仕様の値段なので我慢した。
ビジターセンターでキャンプ場の受付をしたら奥日光高原ホテルの日帰り温泉割引券をくれた。通常600円のところ500円となる。利用時間は夜7時からだったので、テントに戻ってご飯を作った。
日光湯元キャンプ場は高校生の学校行事かなにかで人が賑わっていた。秋の寒空の下でキャンプするアホはわたしだけではなかったのだ。
キャンプ地は平らな場所が少ない。わたしは高校生の軍団から離れた奥の方にテントを張った。草地の下が砂利なのでペグが打てない場所があった。無理にペグを打ったら先端が曲がってしまった。動物の糞が多いし、来て良かったと思わせる風情もあまりない。
晩ご飯は、白いアルファ米にレトルトの牛丼、インスタントラーメンを作って食べた。薄暗くなりヘッドライトを点けた登山者が下山してきて近くにテントを設営する。そういう場所であった。
テントの中に入り温泉利用時刻まで登山計画を練った。地形図を読みコースを再確認した。
温泉は乳白色の硫黄泉であった。硫黄の臭いがないと温泉に入った気がしないので久しぶりに満足した。温泉に入った後にテントに戻るのは、あまりいい気がしない。羽黒山のときもそうだった。
夜のキャンプ場はテントの数から想像出来ないほどひっそりと静まり返っていた。
テントの中で「キィィーーー」という音を2回聞いた。あれが鹿の鳴き声だろう。
4時にテント撤収を始めた。
(続く)
要するにここの宿のオッチャンが言いたいことは、単独登山者の宿泊は歓迎しない、ということだった。
去年の夏のことであった。
わたしは一人で日光の白根山に登る計画を立てていた。湯元温泉からのピストンだとコースタイムが長いので前泊が必要と考えていた。一人で泊まれる宿が見つかり電話をしてみたらこの始末であった。
その年は、とうとう白根山を登ることはなかった。
日光白根山の旅
わたしはビジネスホテル以外の宿には泊まらない。
こちらの期待とヤツらの魂胆は恐ろしく真逆であるからである。
テント泊をしたいと思うようになったのは去年の白根山計画が崩れたときからであった。
テントを担いでキャンプ場で前泊し、翌早朝、ひとり山へ向う。なんと素晴らしいことだろう。
キャンプ計画は冬の間に着々と進められた。テント泊に必要な登山道具を調べ、休日になるとアウトドアショップへ足を運んだりもした。
今年のゴールデンウィークには九重山で初キャンプ、尾瀬、赤城山と経験を積んだ。
今年の夏は雨の日が多い異常気象であった。5年置きにやってくると言われる冷夏の年にもあたる。
そんな夏が駆け足で過ぎて去った。
何かが物足りない。白根山に登ってないことが心の中でわだかまりとなっていた。
10月の初め、雨を降らすことにうんざりしたかのように秋らしい空になってきた。
白根山に登る日が来たのだ。
他に雲取山、谷川岳、女峰山などの候補があったが、白根山は最も登りたかった。
計画とはそういうものだ。
テント設営後、湯の湖を散策しに行った。男体山が見える。
奥日光の気温は10度を少し上回っていた。
観光地をゆったり歩くのもいいかもしれない。
ラーメンかうどんが食べたくなってきた。レストハウスがあったが観光地仕様の値段なので我慢した。
ビジターセンターでキャンプ場の受付をしたら奥日光高原ホテルの日帰り温泉割引券をくれた。通常600円のところ500円となる。利用時間は夜7時からだったので、テントに戻ってご飯を作った。
日光湯元キャンプ場は高校生の学校行事かなにかで人が賑わっていた。秋の寒空の下でキャンプするアホはわたしだけではなかったのだ。
キャンプ地は平らな場所が少ない。わたしは高校生の軍団から離れた奥の方にテントを張った。草地の下が砂利なのでペグが打てない場所があった。無理にペグを打ったら先端が曲がってしまった。動物の糞が多いし、来て良かったと思わせる風情もあまりない。
晩ご飯は、白いアルファ米にレトルトの牛丼、インスタントラーメンを作って食べた。薄暗くなりヘッドライトを点けた登山者が下山してきて近くにテントを設営する。そういう場所であった。
テントの中に入り温泉利用時刻まで登山計画を練った。地形図を読みコースを再確認した。
温泉は乳白色の硫黄泉であった。硫黄の臭いがないと温泉に入った気がしないので久しぶりに満足した。温泉に入った後にテントに戻るのは、あまりいい気がしない。羽黒山のときもそうだった。
夜のキャンプ場はテントの数から想像出来ないほどひっそりと静まり返っていた。
テントの中で「キィィーーー」という音を2回聞いた。あれが鹿の鳴き声だろう。
4時にテント撤収を始めた。
(続く)