傾、祖母山縦走の旅

<夜の宇宙は聞いたこともない暴風が吹き荒れていた。
でもテントが揺れるほどの恐怖はなかった。
わたしはあのとき宇宙の真下にいたんだと思う。>



























傾山~祖母山縦走の旅





2010年4月28日~5月5日























4月28日 20:00 東京

家を出るとき合羽の上下を身にまとってチャリを漕いだ。

旅の始まりから雨だった。

仕事を早々と切り上げて旅に出るのはいつもぎこちない。

頭の中に仕事の情報がまだ残っているのは大変感じが悪い。

とはいえ気分はすっかり開放されていた。

そのため東京へ向う電車で乗換えが必要な所でそのまま乗車していたら反対方向に一駅戻ってしまうミスを犯した。

こういうミスは初めてではない。

乗換えが必要ない所でうっかり下車してしまい一本遅れるミスを以前したことがある。


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上野駅で饂飩をかきこみ晩ご飯を軽く済ませた後、高速夜行バスの乗車場所である東京駅八重洲口ヤンマービル前に突っ立っていた。

「やれやれ、また九州か。」

わたしはひとりごちた。


GW恒例となった九州の山旅も今回で3回目を向かえる。

すっかり慣れたものである。


今年は3列シートのバスを予約したのでゆったり座れる。

昨年の4列シートは酷く応えたものである。

バスは既に待機していたが街頭受付が始まらないのでしばらく突っ立ていた。

いい時間帯になったので痺れを切らしバス乗車口で受付を済ませて乗り込んだ。


3列シートの窓際の席に腰を沈め、松本清張の「事故」という短編を開いた。

去年から少しずつ読んでいた本だが、仕事が忙しく読む暇などはなかったのだ。

この旅の中で読み終えるつもりでいた。

山を登り、旅をし、本を読む。

普段の生活でやりたくても出来ないことが同時に進行するのは大変心地よいものであり、また計画したものだけが勝ち取ることが出来るのだ。


そういう次第でビタミンクエン酸の飴をほおばりながら活字を追う作業に忙しかったが、バスは新宿、横浜と客を拾って消灯となった。



長距離バスと聞くと疲れる印象があるが、2,3時間置きにサービスエリアに停車するのでトイレに行ってドリンクやお菓子を買うことが出来る。これが結構面白いのだ。

高速バスを一度経験すると新幹線の高額なチケットは買う気になれない。

問題は朝にケツの神経が抜き取られたような麻痺状態になることぐらいである。



4月29日 10:40 小倉

今回の行き先は小倉駅から大分の緒方駅まで行き、そこからコミュニティーバスで上畑まで行く。

従って博多より小倉の方が都合がよい。


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九州へ上陸したら最初にやらなければならない仕事は豚骨ラーメンを食べることだ。

小倉駅内の飲食街に行ってみるとラーメン横丁があったのですぐに気に入った。

昭和の雰囲気が漂っている。

良く見るとリヤカーの車輪と古いテレビで時代が演出されている。


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味玉は無料で付いてきた。餃子はまだ到着していないので写真を撮る。

去年は博多でラーメンを2回食べた。

北九州は白スープと細麺が特徴なんだろう。

帰りに熊本でも食べたが、あちらはシチュー色をしたスープのよくある豚骨ラーメンであった。

ラーメンが大陸から最初に伝わったのは九州で、この地から日本列島の各地のスープに姿を変えながら伝播していったんだろうと想像した。

ラーメン以外にも目当てはある。テーブルやカウンターに必ず置かれている辛し高菜をご飯に載せて食べる。

そこにいる九州男児は笑うだろうけど、これがなぜか感激するのである。

話がそれた。



4月29日 15:00 緒方

高速バスがご丁寧に予定時刻きっかりに到着したので、恐ろしく時間があった。

しかたなく予定を変更して一本早い特急に乗り込んだ。

ゆったりと成り行きに任せて進行する感じが旅色をかもし出す。

特急でシートに座れたので本を開いた。

別府を過ぎると車窓は海になった。

途中でうとうとしていたら大分についたので乗り換える。

大分からは豊肥本線に乗り換える。

豊肥と書いて「ほうひ」と読む。初めって知った。

ちなみに、豊後と書いて「ぶんご」と読むのは去年知った。


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列車は三重町(みえまち)という駅で終点になり、旅人は吐き出された。

時間がある。

阿蘇にある坊中野営場にテントが張れるか携帯で電話してみると持ち込みテントなら可能だという。

旅先で不安が一つ解消された。

天気がいいので合羽の上下を広げてホームで乾かす。

こういう地道な作業が一つの旅を形成するのだ。

それにしても暇だ。

列車の出発時刻が近づいてきたので乗り込んだ。

そのあと車内アナウンスで行き先が違うことに気付いて反対側のホームに走って乗り移った。

発車2分前であった。

一つのホームが同じ進行方向とは限らないのである。


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三重町から二駅で緒方駅に到着した。

祖母山のある緒方駅である。

駅前でバス停があるはずである。

しかしそれらしい場所が見当たらないので周辺を歩き回ると、少し離れた所にバス停があり、コミュニティーバスが停車していた。

時間が一時間半もあった。

駅舎の椅子に座って本を読む。

途中でサイレンがなり、近所の住民が出てきて火事場は何処だ?っていう感じの雰囲気になる。

どこかで煙が立ってないか見るために駅のホームに入って階段を登ったりしている。

わたしは火事よりもそういう町の光景を見物していた(笑)

彼らの噂話によると火事場は病院らしい。

本をパタンと閉じてザックを背負う。

バス停のある場所に歩み寄った。しばらく適当に突っ立っていた。

別の乗客が電車で到着しバス時刻表を見に来た。ザックを背負っているので登山者である。

50歳は過ぎている女性であった。コミュニティーバスに乗るということは尾平方面、つまり祖母山ということになる。

「おだいら鉱山」方面はこのバスでよいか?と尋ねられたのでYesと答える。

尾平をオダイラと読むあたりで遠方からの登山者であると邪推できる。

バス時間が迫ってきて運転手らしき人が姿を現す。

同じ年齢ぐらいかもしれない。

このクラスの地域では仕事を定めることが難しいと思うが、地元住民として一職業に従事している内情を感じ取ろうとしたが、途中でやめた。

登山者二人と一般客一人を乗せて緒方町コミュニティーバスは出発した。

運転手がラジオを付けたので聞いた。2日間は晴れるがその後は気圧の影響で崩れると告げていた。

運転手は乗客のだいたいの方面を聞いていたが、下車地を明確に聞いていない。

従ってとりあえず尾平鉱山方面に向っている、という雰囲気であった。

車内には下車を知らせるブザーはない。

考えられる結末は三つ。

運転手が途中で下車地を聞いてくるパターン。

乗客が途中で下車地を宣言するパターン。

黙っているので分からなかった、とかいいながら終点の尾平鉱山まで連れて行かれるパターン。

前の乗客がきょろきょろし始める。不安なのだ。

上畑までは所要時間が42分あったのでまだ時間はある。

時間を見てこちらから勇気を出して宣言する体制に入ろうとしたとき、運転手から一人一人に下車地の確認を行われた。

わたしは上畑で降りることを告げたが、運転手は上畑のどこかと聞いてきた。

宿はどこかとか、野宿するのか、という心配らしい。

つまり上畑バス停では一般的すぎて通用しない。

わたしはテントを張る「やまびこ」の場所を告げたら、「あーーー。おし、分かった。」といって運転手は納得した。

上畑は「うわはた」というらしい。


登山者のオバサンがまず傾山登山口入口で下車し、その少し先にあるやまびこ塾の前でわたしは降りた。

バス停はあってないようなもんである。


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やまびこ宿は歩いてすぐであった。

ネットで事前に調べ上げていたその建物はそこにあった。


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パソコンの画面で目にしたものが、旅を実行すると次々に現実として現われていく。

学校を改装して作った簡易宿泊施設、という点に多少なりと興味を覚えていた。

ここなら泊まって見たい、という興味である。

でも、現地へ来て少し覚めてしまい、結局はテント泊にした。


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古びた学校の時計が偶然現在時刻を示しているので動いているかと思ったら、やっぱり止まっていた。

演出なのか当時のものが残っているだけなのか分からなくなる。

やまびこ塾の机に座ってアルファー米の散らし寿司を食べて夕食を済ました。

水道の蛇口をひねって明日の水を汲んだ。ゴミが混ざるのでガーゼでろ過をここ見るがあまり改善されなかった。


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晴天の日の夜は寒い。

わたしは明日の傾山の登山に集中するために早々とテントの住民になった。


(続く)


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