白馬大池→小蓮華山→白馬岳→鑓ヶ岳→天狗山荘

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ああ、なんてことだろう。

わたしはこの夏に白馬岳に登ったんだ。その証拠にこんなにも写真が残っている。

なのに、その記憶が薄れてしまった今となっては、まるで嘘か幻でも見ている気分になる。









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早朝からテント撤収作業を開始して5:30出発という順調な滑り出しだった。

あのときここを歩いて最高の気分だった。

でもそれは過ぎ去った遠い記憶の欠片に過ぎず、今はこうして現実に引き戻されている。






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イメージは「坂の上の雲」に象徴されるような「坂」を登っているのだ。









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早朝なので他の登山者はいないに等しく、子供連れの20代女性がいたのは何とも異様な光景であった。








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小蓮華山に向う途中は本当に気分爽快という言葉がピッタリである。

大阪弁を喋る年配の女性二人を追い越したり、追い越されたりしながら、終始声がうるさく響いていた。



「家に電話した方がええんちゃう?」

「どやされるわ!」



みたいな会話。


「どやす」の意味が分からない。









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大学生の男女グループが一列になって降りて来る光景に出会った。

元気があってフレッシュで羨ましくなる。

わたしも歳を取ったんだなぁ。イヤダイヤダ。







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上の写真はガイドブックなどでおなじみの写真を撮るためにあるような風景である。

日程二日目は白馬大池~白馬岳~鑓ヶ岳~天狗山荘である。

距離は長いが危険箇所はないので、大いに登山を満喫する日であった。

最大の難関となるのは日程三日目、不帰ノ瞼の乗り越えであった。

2年前から白馬、五竜の計画は立てていた。情報調査と準備は揃っていた。あとは天候と休暇の関係が成り立てば実行可能だったが、これがなかなか難しい。

今回ようやく期が熟してやってきたわけである。

とはいえ、縦走+不帰ノ瞼越えは難関が高く決心が必要だった。






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小蓮華山のピークが良く分からず通過したと思っていたら山頂に立て札が現われた。

大阪組は小蓮華山で写真を撮るように要求してきたので風景と一緒に切り取ってやった。






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緩やかに左にカーブを切る稜線はダイナミックで印象に残っている。






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白馬岳の登山が今まで実現しなかった理由は天候だけではなった。

仕事に押しつぶされたまたわたしは長い間這い上がれなかったのだ。

計画していた登山も先送りにしていた。

だが、しかし、実際にここを歩いてきたということは、仕事の山を乗り越えたことを象徴していた。







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三国境とは、新潟、富山、長野の県境を示しているという。

登山者の会話の中でそういってた。




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高すぎる目標を設定してはいけなかったのだ。

組織の中ではそういう掟のようなものがあったのだ。

そして不運なことにその目標に到達してしまった。

ヤマノボリと同様、山頂には何もないことは分かっていた。それでも行ってしまう。




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山頂で目にした光景は想像もできない人間社会の罠であり、それは最初からそこにあったのだ。

人はその才能によって世間歩きをさせられてしまう。

司馬遼太郎の本にもそう書いてあった。






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こうなるとまた手を打たないといけない。

苦悩は続いた。

ひっくり返さなければならない。現状を変えることがわたしの仕事のようなものだからだ。

だからひっくり返す選択をとらなけらばならない。

わたしはまもなく組織を退くだろう。

それも最初から決まっていた宿命だったと思う。





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白馬山頂は今まで体験したこともない居心地の良さがあった。

子供連れの二十代女性とまた山頂で出合った。

会話を交わしたのはそれが最初だった。





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子供連れの女性は旅立った。

わたしは白馬山頂に一人で置き去りになり、それを見ていた。



司馬遼太郎の本にはこうも書いてあった。

大事業は八分までが困難の道であり残り二分は誰でも出来る。八部までやればいい。称賛は二分をやった人のものだ、と。

これはわたしの考えと全く同じであった。






白馬山頂小屋で休憩していた大阪組が手を振っていた。

わたしは先を急いだ。





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白馬山頂小屋を過ぎるとすぐに村営頂上宿舎が見える。

村営頂上宿舎は登山道から外れて降りていかなければならないので、相当の決心がいる。

わたしが降りていったのは、水を満タンにしたかったからだ。

小屋周辺をウロウロしていると人影が出てきた。

水を組む場所がないか尋ねると小屋の中にもあるし、ガイドブックによく載っているという雪解け水の水場を教えてくれた。

最初に発見したときはこれが水場かどうかの判断が難しい。

この水をマイカップで飲んだ。キンキンに冷えている水でゴミもない。良質の水であった。

通りすがりの人が見て羨ましそうにこちらに声をかけてくる。下からの登山道の途中なので登山者が通るのだが、なぜか水を飲みにはこない。




雪解け水、おいしんだよ。






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杓子岳と鑓ヶ岳が豪快に目の前に迫る。

ここからは登山者が減り、一人旅になった。

手ぶらの女性が一人で先を歩いていたので、しばらく後を着いていく格好になった。

ザックがないので山荘の宿泊客が散歩がてらに歩いているのだろう。

下りの直前で女性は立ち止まった。

「先に行ってよ」ってその背中は言っていた。

わたしは追い越して一人旅になった。







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大学生ぐらいの男女グループが休んでいたので会話を聞いていた。

音楽関係でもやっていそうな会話であった。

3人のうちの一人が女性であり、リーダー的な花があった。

「それじゃ、いきますか」ってその女性が言うと空気が元気になった。

女性特有のリーダーパワーはどうにも解明できない。





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杓子岳のトラバースは華麗な道だった。

鑓ヶ岳が思いがけない近さに迫ってきた。

鑓ヶ岳の登りが登山者を終始ウンザリさせるのだが、これが容赦なく迫ってくる。

ここは本当にキツイ登りだった。






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途中にいくつも山頂があるのは縦走の面白いところだと思う。

しばらく山頂に座って休んだ。

10人ぐらい人が居た。

会話を聞いたりしていた。

大パノラマの景色だったが、雲がモクモクと湧き上がる。







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鑓ヶ岳の下りはジグザグに降りていくので疲れる。

一目散に駆け下りて振り返るとびっくりする。

さっき降りてきた斜面があんなに真っ白だったとは夢に思わない。






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天狗山荘までの距離感がつかめず半ば歩き疲れていた。


よくあるパターンとして、突然ヒョッコリ現われる山小屋がある。そういうのは暖かい印象がある。

天狗山荘はその真逆だった。

天狗山荘は何気なくそこに、いた。

曇り空の中、荒野の中に冷たく沈黙していた。そんな印象だった。






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山荘前にテーブルがあり、年配の登山客で賑わっていた。

わたしもそのテーブルに加わった。

よく喋るベテランのオッサンが居たので話に耳を傾けた。

オッサンが言うには、若い男で縦走するヤツは居なくなったと嘆いていた。

その反面、若い女性が増えたという。女性の方が平気で危険な縦走をするという。

天狗山荘は不帰ノ瞼の直前に位置しているため、話題は常に不帰ノ瞼に行くのか、不帰ノ瞼はどうだったか、鎖はダイジョウブだったか、という話ばかりである。

雷は鎖に落ちるので鎖を短く切られていると言っていた。

とにかく頭の中は山のことばかり、話したくてしょうがないといった中毒症状であった。








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水場は雪解け水で成り立っていた。






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鑓ヶ岳が背景にある雄大な眺めで、高山植物に囲まれている。

地面が岩ごろなのでガマンを強いられる。







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黒光りする独特の建物である。






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食堂があった。


他の客がカップラーメンと一緒にご飯を注文して食べていたのだが、そのご飯の量が驚くべきものだった。

そのご飯に興味が出てきたのでわたしは牛丼を頼まずにはいられなくなった。

長い時間待ったが出てきたの期待通りのものだった。

牛丼の具は粗末なものである。しかしご飯の量は明らかにバランスが取れていない大盛りであった。

山に来てこのボリュームを食べるのは感激を覚える。



ちなみに、八峰キレット小屋ではうな重の弁当が出るらしい。






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テント場にテントを張った。

場所には悩んだがいい場所はない。

鉱山植物に囲まれている場所を選び、テントから鑓ヶ岳が見えるように配置した。


(続く)

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