蝶ヶ岳→常念岳→常念小屋
テントでは眠剤の力を借りて眠った。
テント撤収も早くなったように感じる。
日程三日目も申し分ない天気に恵まれた。
ヤリが出迎えてくれた。
連休と天候と計画実践が偶然に重なった時だけにこの幸運は訪れる。
毎回登って思うのだが、そうとしか思えない。
「天地人」とは中国の言葉であるが、戦に勝つための要素を表しているという。
「天」は運があるか。
「地」は地の利(現代風に言えば情報管理)
「人」は人の輪。
これは現代のプロジェクトにも適用できる。
童門冬二の本にそう書いてあった。
常念岳は百名山、大天井岳と燕岳は二百名山である。
それよりもアルプスを縦走したかどうかに価値を置くようになった。
具体的に言うと、人々が地上で熱中症になりかかっているときに、アルプスで避暑を楽しんでいるかどうか、という価値である。
常念岳山頂で休んでいると、去年五竜岳で出会った夫婦にまた出会った。
この出会いは偶然という類のものでなく、ただ単に考えていることが同じというだけだと思う。
会社の人と近所の至る場所で出会うときがある。これと同じ。
岩だけの山頂はつまらない。
常念岳を下って常念小屋に到着した。
まだ12時前だったが、これぐらいのペース配分がむしろ長い縦走にはちょうどいい。
こういうのは経験で覚えたのかもしれない。
テント料金を払い、ついでにドデカミンを飲んだ。
わたしのテントは奥の緑のヤツ。
テーブル付近で午後の雰囲気を楽しんでいた。
河合隼夫の「心の処方箋」を開いて読みふけっていた。
今回の縦走で一冊読もうと計画的に購入しておいたものだ。
他にも、「昔話の深層」、「無意識の構造」(いずれも河合先生の本)も買っておいたが家に置いてきた。
でもって、登山者の中で骨折した人がいる様子。
小屋の人たちが担架で担いで広場まで運んでいた。
ヘリが来るらしい。
しばらくしてヘリが本当に来た。
空中で静止したヘリの中から人がロープで降りてきて、けが人を抱きかかえて再びヘリの中へ収容。
一分もかかっていない一瞬の出来事であった。
運ばれた方は何百万も取られるだろう。骨折じゃ仕方ない面はある。
(続く)